東京地方裁判所 平成7年(ワ)19376号 判決 1995年12月27日
(甲事件)
原告
動物実験の廃止を求める会
右代表者事務局長
椎名晏子こと
鶴田孝子
右訴訟代理人弁護士
小泉征一郎
同
荒木昭彦
被告
野上ふさ子
右訴訟代理人弁護士
小島敏明
同
金丸精孝
同
宇佐見方宏
同
飯沼允
同
稲田寛
同
平松和也
(乙事件)
原告
動物実験の廃止を求める会
右代表者事務局長
野上ふさ子
右訴訟代理人弁護士
小島敏明
同
金丸精孝
同
宇佐見方宏
被告
椎名晏子こと
鶴田孝子
被告
友野由美こと
友納由美
右両名訴訟代理人弁護士
小泉征一郎
同
荒木昭彦
主文
一 甲事件被告野上ふさ子が甲事件原告動物実験の廃止を求める会の代表者でないことを確認する。
二 甲事件被告野上ふさ子は、甲事件原告動物実験の廃止を求める会の代表者事務局長として、「動物実験の廃止を求める会」又は「JAVA」の名称を使用してはならない。
三 甲事件のその余の訴えを却下する。
四 乙事件の訴えをいずれも却下する。
五 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、甲事件被告野上ふさ子(乙事件原告代表者)の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
本件は、「動物実験の廃止を求める会」という名称の団体(その法的性質は後述する。)の代表権をめぐる争いであり、甲事件は椎名晏子こと鶴田孝子がその代表者であるとして同人を代表者と主張する右の団体が原告となった訴えであり、乙事件は野上ふさ子がその代表者であるとして同人を代表者と主張する右の団体が原告となった訴えである。両方が成り立つわけではないことは明らかであるが、便宜、主張として併記する。なお、以下、便宜上、右の団体を本件団体と、当事者につき甲事件、乙事件、原告、被告を付さず、また地名度の高い通称により、椎名こと鶴田を椎名、友野こと友納を友野ということがある。
一 甲事件(椎名を代表者と主張する本件団体の請求)
1 請求の趣旨
(一) 主文第一、第二項と同旨
(二) 被告野上は、甲事件原告(椎名を代表者と主張する本件団体)の一切の活動を妨害してはならない。
2 請求の趣旨に対する被告野上の答弁
(一) 本案前の答弁
甲事件の訴えをいずれも却下する。
(二) 本案の答弁
甲事件原告の請求をいずれも棄却する。
二 乙事件(野上を代表者と主張する本件団体の請求)
1 請求の趣旨
(一) 被告椎名が乙事件原告(ここでの意味は、代表者を問わず、本件団体そのものをいうと解される。以下、適宜、趣旨を考慮する。)の代表者でないことを確認する。
(二) 被告椎名は動物実験の廃止を求める会の事務局長の肩書を使用してはならない。
(三) 被告友野が乙事件原告(本件団体)の副事務局長でないことを確認する。
(四) 被告友野は動物実験の廃止を求める会の副事務局長の肩書を使用してはならない。
(五) 乙事件被告ら(椎名及び友野)は乙事件原告(野上を代表者とする本件団体)の業務を妨害してはならない。
2 請求の趣旨に対する被告椎名及び同友野の答弁
(一) 本案前の答弁
主文第三項と同旨
(二) 本案の答弁
乙事件原告の請求を棄却する。
第二 当事者双方の主張
一 甲事件
1 請求原因(椎名を代表者と主張する本件団体の主張)
(一) 被告野上は、平成三年より平成七年三月二一日まで権利能力なき社団である本件団体の代表者であったが、同日所定の手続きに従って辞任し、椎名が同月二八日代表者に選任された。したがって、現在本件団体は、椎名を代表者とする権利能力なき社団である。
(二) ところが、被告野上は、その後もなお本件団体の代表者であると主張し、「動物実験の廃止を求める会」ないしその英文の頭文字をとった「JAVA」の名称を用いている。
(三) また、椎名を代表者と主張する本件団体(この場合を特に「本件団体<椎名>」という。)が新事務所への転居届を本郷郵便局に提出したところ、被告野上は「住居移転届の無効確認書」を同局に提出して、郵便物が旧事務所から本件団体<椎名>の新事務所に転送されることを妨害するなど、本件団体<椎名>に対する妨害活動を行っている。
(四) よって、本件団体<椎名>は、被告野上に対し、被告野上が本件団体の代表者でないことの確認、被告野上による本件団体の名称使用禁止及び一切の妨害活動の禁止を求める。
2 被告野上の本案前の主張
(一) (本件団体<椎名>の訴訟能力について)
本件団体<椎名>には、次のとおり訴訟能力が認められず、甲事件の訴えは却下されるべきである。
民事訴訟法四六条のいわゆる権利能力なき社団として訴訟能力が認められるためには、団体としての組織を備え、多数決の原理が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要する。
甲事件原告である本件団体<椎名>は、その主張によると「会の活動の中心となるのは事務局長であり、事務局の意思決定は事務局スタッフ会議で決せられる(会則一〇条)。事務局スタッフの中から運営委員が選ばれ、会運営上の最終決定は運営委員会が行う(会則一三条一、二項)。会の代表者は事務局長である(会則一二条一項)。」というものであり、会運営上の最終決定機関(最高意思決定機関)は総会ではなく、運営委員会にあることになる。このことは、本件団体<椎名>において会員による多数決原理に基づく組織が構成されていないことを意味し、本件団体<椎名>は、民事訴訟法四六条に定める「法人ニ非サル社団」ではなく、訴訟能力に欠けることになる。よって甲事件の訴えは、却下されなければならない。
(二) (本件団体の代表者について)
仮に本件団体<椎名>に訴訟能力があるとしても、本件団体の代表者は被告野上であり、椎名は代表者ではない。したがって、いずれにせよ甲事件の訴えは却下されるべきである。
3 被告野上の本案前の主張に対する本件団体<椎名>の答弁
(一) (本件団体<椎名>の訴訟能力について)
被告野上の本案前の主張(一)は争う。
最終的意思決定機関が総会か運営委員会かというのは、定款(会則)でどう定めているかという問題であり、多数決原則の問題ではない。会則で運営委員会を最高決定機関と定めることは可能であり、その会則の改廃が会員の総意にかかっている以上、多数決原則に則っている。
本件団体<椎名>では、運営委員会が会の運営上の最終的意思決定を行うことを会則一三条二項で明記するとともに、その会則の改廃は全会員の郵便投票にかけ、集計の過半数により成立する(会則八条一、二項)ことになっており、その社団性に問題はない。
(二) (本件団体の代表者について)
被告野上の本案前の主張(二)は争う。
本件団体の代表者は、事務局長の椎名である。
4 請求原因に対する被告野上の認否
請求原因(二)の事実は認め、(一)及び(三)の事実は否認し、(四)は争う。
被告野上は、平成六年三月二一日開催の本件団体の第八回定時総会において、事務局長として信任投票の上、承認を受け、平成七年四月二二日開催の第九回総会において事務局長として信任決議を受け、唯一の正当な事務局長の地位にある。
二 乙事件
1 請求原因(野上を代表者と主張する本件団体の主張)
(一) 本件団体は権利能力なき社団であるところ、野上は平成三年より前からその代表者であり、また事務局長を代表者とする制度が採用された同年一月以降事務局長の地位にある。
(二) 被告椎名は、本件団体の事務局長に選任されたことはないにもかかわらず、平成七年四月ころから本件団体の事務局長であると僭称している。
被告友野は、本件団体の副事務局長に選任された事実がないにもかかわらず、平成七年四月ころから本件団体の副事務局長であると僭称している。
(三) また、被告椎名及び同友野は、本件団体の事務局長又は副事務局長と称してマスコミに接触したり、野上を代表者と主張する本件団体(この場合を特に「本件団体<野上>」という。)は正当な動物実験の廃止を求める会ではないなどと虚偽の事実を流布するなどして、本件団体<野上>の業務を妨害している。
(四) よって、右被告椎名及び同友野がそれぞれ本件団体の事務局長及び副事務局長でないことの確認、各肩書の使用禁止並び右被告らによる本件団体<野上>の業務妨害の禁止を求める。
2 被告椎名及び同友野の本案前の主張
野上は、本件団体の代表者ではない。したがって、乙事件の訴えは却下されるべきである。
3 請求原因に対する被告椎名及び同友野の認否
請求原因(一)の事実は否認する。同(二)のうち、被告らが主張どおりの肩書を使用している事実は認め、その余は否認する。
同(三)の事実は否認する。
同(四)は争う。
被告椎名は、平成七年三月二八日、本件団体の事務局長に選任され、被告友野は、同日、副事務局長に選任された。
三 主な争点
1 本件団体<椎名>は、民事訴訟法四六条の「法人ニ非サル社団」として当事者能力(被告野上は訴訟能力の有無を主張するが、いわゆる当事者能力の有無を指すものと解される。)を有するか否か。
2 野上は、平成七年三月二一日、本件団体の運営委員会において、同代表者事務局長を辞任したか否か。
3 椎名及び友野は、平成七年三月二八日、本件団体の、それぞれ代表者事務局長及び副事務局長に選任されたか否か。
4 野上は、本件団体<椎名>の活動を妨害しているか否か。
第三 争点に対する判断
一 本件団体の性格について
1 証拠によれば、次の事実が認められる(認定に供した主な証拠または証拠部分を、当該事実の末尾に略記する。)。
(一) (設立)
本件団体は、一九八六年(昭和六一年)三月、動物実験の廃止等を目的として、野上を含めた発起人数名で発足した。ただし、野上は会長ではなかった。会の運営は、数名の世話人が行うこととされていた。(乙七の五、乙一七の一項)
(二) (会の拡大)
一九八七年(昭和六二年)、会長の栗原佳子が辞任し、以後は右の会は、会長がおかれずに世話人が会の運営を行い、野上が、事実上中心となって、活動及び会報等の作成をした。
一九九〇年(平成二年)二月の総会で世話人は事務局スタッフと改称された。
一九九一年(平成三年)一月の総会において、事務局長を設けることとなり、野上がこれに就任し、同年三月会員から郵便による意見をもって信任を受けた。
一九九二年(平成四年)には会員数が一〇〇〇名を超え、同年二月、総会で大幅な改訂を行った会則が承認された。右会則には、左記の規定が明記された。(乙一の三、乙一七の六項)
記
(1) 会の趣旨に賛同して会費を払う者は誰でも入会できる。(年会費は一般会員が金三〇〇〇円、賛助会員が金一万円)(乙一の三の[会員]の項)
(2) 年に一回総会を開き、一年間の活動報告、会計報告、監査報告、新年度運営体制の承認、新年度活動方針の決定等を行うとともに、会員相互の交流をはかる。(乙一の三の[総会]の項)
(3) 会の事務及び活動の拠点として事務局をおく。(乙一の三の[事務局]の項の1)
(4) 事務局は事務局スタッフにより運営され、事務局スタッフは、会の事務等を分担して行う。新年度事務局スタッフは、前年度事務局スタッフの三分の二の推薦によって選ばれ、総会の前に行う全会員からの郵便投票によってその過半数の承認を受ける。(前同の2、4)
(5) 事務局長は、会および事務局の意見を代表し、事務局スタッフ三分の二以上の信任によって事務局スタッフの中から選ばれる。(乙一の三の[事務局長]の項)
(6) 運営委員会は、会の基本方針に基づき、運営委員の三分の二以上の賛同をもって会の運営上の意思決定を行う。運営委員は事務局スタッフ三分の二以上の推薦によって有志の事務局スタッフの中から選ばれる。(乙一の三の[運営委員会]の項)
(7) 各役員の任期は一年とする(乙一の三の[任期]の項)
(三) (現在の状況)
会則は少しづつ改正されているが、平成六年三月二一日の第八回総会で改正されたものによれば、(二)の点は概ねそのとおり維持されている。さらに右改正後の規則によれば、会則の改訂について規定が設けられ、総会前に全会員に郵便によって通知され、その信任を受けること(乙一の一の八条1項)、会の資産は会の趣旨実現のためにのみ使用され、事務局が管理し、運営にあたること(乙一の一の一八条)とされている。会員数は、その後も増加し、現在約四〇〇〇名程である(野上調書六二頁)。
2(一) 民事訴訟法四六条の法人に非ざる社団といえるためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要する(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決・民集一八巻八号一六七一頁)。
(二) 右(一)を踏まえ前記1の事実によれば、次のようにいうことができる。すなわち、本件団体は、当初少人数の任意団体として発足したが、遅くとも一九九二年(平成四年)二月ごろには、成文の会則を有し、その会則に則って、事務局長・運営委員会・事務局スタッフ・一般会員という形での組織を備え、総会における全会員による活動方針の決定、事務局スタッフの信任(後に総会前の郵便による信任)を通じて多数決原理が行われ、構成員の変更にかからず団体が存続し、代表の方法等団体としての主要な点が確定するに至った。
したがって、本件団体は、民事訴訟法四六条に規定する法人に非ざる社団として当事者能力及び訴訟能力を有すると解される。
(三) これに対し、野上は「本件団体<椎名>においては、会運営上の最終決定機関(最高意思決定機関)は総会ではなく、運営委員会であるので、会員による多数決原理に基づく組織が構成されていない。」と主張する。しかし、最終意思決定機関である運営委員会の構成員である運営委員は全会員の信任を受けた事務局スタッフの推薦により選ばれるのであるから、本件団体<椎名>は、多数決の原則に基づく組織であると認められ、野上の右主張は理由がない。
二 被告野上の辞任及び椎名の選任について
1 証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) (野上の辞任)
(1) 野上は、事務局長を会の代表者とする制度が導入された平成三年から事務局長の地位にあった(前記一1(二))。ところが、事務局スタッフの中から野上のやり方に異論を唱える者が出るようになってきた。
(2) その一例として、借入金処理問題があった。すなわち、一九九三年(平成五年)には、本件団体に多額の寄付が寄せられたが、このことは野上だけが承知しており、他の事務局スタッフはほとんど知らなかった。野上からこの点の相談を受けた会計士は寄付金としてきちんと処理することを提案したが、野上は、これをすべて寄付金とすると税金が高いし、財政に余裕があることが知られると寄付が集まらないとして、一九九三年度の決算報告では金一六〇〇万円を寄付金ではなく借入金として扱うことにした。(乙一七の一六項)
その経緯を唯一知らされた友野は、大変驚き運営委員会に説明した方がよい旨を述べた。(甲六四の四頁)
また、一九九四年(平成六年)の秋頃から、会計処理の方法等をめぐって野上の運営方針に対する椎名及び友野などのスタッフの不満が高まり、同年一一月からは稟議書制度が導入されて野上の意見が否決されることも起こるようになり、同年一二月には、野上一人が反対するも、他の一〇名のスタッフの推薦によって鈴木祐子(以下「鈴木」という。)が運営委員に選ばれた。(甲六五・六七、乙一七の一三・一四項、友納調書四・五頁)
(3) 一九九五年(平成七年)三月七日、野上は、右(2)の借入金について運営委員に説明したところ、同月一四日の運営委員会の席上、右借入金の扱いの他、名簿の流出、特定の会員への資金援助などのことで運営委員の信頼を失っているとして、他の運営委員から批判を受けた。そのようなことから、野上は、同月一七日、運営委員の伊東正彰(以下「伊東」という。)に対して、電話で「スタッフとの信頼関係が失われてしまったので、事務局長を辞めたい。」と話し、さらに同日深夜、友野に対し電話をして、「事務局長を辞めたい。」と話した。(甲六四の五・六頁、甲六六の二項、乙一七の一九項、友納調書五・六頁)
(4) (3)の運営委員会から一週間後の一九九五年(平成七年)三月二一日午前、野上の事務局長辞任問題を協議するため、急遽運営委員会が開かれ、この場で真意を尋ねられた野上は、「これまでの経緯で分かるように、みなさんがこれほど私に不信感をもって反対しているのなら、私としてもこれ以上事務局長として会の活動をやりようがない。会の方針についてもみなさんとは意見が合わない。私は執筆を通してJAVAの運動を強めていきたい。」と述べて、事務局長、運営委員及びスタッフのすべての地位を辞任する旨を表明した。この運営委員会には、運営委員七名全員(野上を含む。)が出席していたところ、野上の辞任申し出に対し、慰留する者はいなかった。
ただし、その際、野上は、総会を機に辞任したいと述べた。これに対し、友野は、「総会の場では言わないで欲しい。辞任後は顧問としてJAVAに関わってもらいたい。」と要請したところ、野上はこれについては返事を保留した。(甲二、甲六三の6項、乙一七の一九項、野上調書六から九頁、友納調書一〇から一五頁)
(5) (4)の運営委員会が開催された一九九五年(平成七年)三月二一日の午後、続いて野上を含む運営委員七名と運営委員以外のスタッフ五名(一名は欠席。)が出席してスタッフ会議が開かれた。この会議は当初は、同年四月一日開催予定の総会の準備のための打ち合わせを予定していた。予定の打ち合わせが終了後に、同日の午前中に緊急運営委員会を開催し、野上からの辞任申し出があり、それが承認された旨が運営委員の鈴木裕子から報告された。そして、野上も辞任理由として、午前中の運営委員会における説明と同旨の説明をした。(甲六三の7・8項、友納調書一六から二〇頁)
(二) (事務引継)
(1) ところで、本件団体の事務所は、それまで文京区千駄木にあったところ、同年三月一四日の運営委員会において、セカンドオフィス(分室)を渋谷方面に設置することが決議されていた。それは、千駄木の事務所が野上の自宅に近いものの、他の事務局スタッフからは遠くて不便であったからである。このような状況にあった矢先の野上辞任であったため、渋谷方面に新事務所を設け、これを主たる事務所とし、分室は設けず、千駄木事務所から渋谷に移転することも、(一)(5)のスタッフ会議においてあわせて決定された。さらに、渋谷方面の事務所が決まれば権利金が必要となるので、その費用として見込まれる金二〇〇万円についての稟議書もその場で作成され、野上を含む七名の運営委員の全員が「承認」を○で囲んだ。(甲四四、友納調書二一から二三・二五・二六頁)
(2) (1)に引き続きその場で野上から、会計担当の運営委員の鈴木に本件団体が使用していた貸金庫の鍵及び右貸金庫の登録印が手渡された。また、動物実験についての写真のネガ(会における重要物件)がそれまで野上のロッカーに鍵をかけて保管されていたところ、それが野上からスタッフの服部に引き渡された。さらに、それまで野上一人だけが管理していた会員名簿についてコピーすることが決まり、椎名と友野に一部が交付された。(甲四九、甲六三の9項。甲六四の七頁、乙四の六頁の十五項、友納調書二三から二五頁)
(三) (椎名の事務局長就任)
椎名と友野は、一九九五年(平成七年)三月二二日から二六日まで連日事務所捜しを続け、同月二九日に決定して、契約したが、それに前後して、右契約をするために会の代表者を決定することが必要となった。
そこで、同月二六日、事務局スタッフの服部から友野に左記の内容の提案がなされ、同日友野がその旨の書面を事務局スタッフ一二名全員(野上を除く。)にファックスで送信した。
記
① 野上に顧問を依頼する。
② 次期事務局長に椎名を推薦する。
③ 副事務局長のポストを設け、同職に友野を推薦する。
右提案を受けた全スタッフより、同月二七日までに椎名を事務局長に推薦することに賛成する旨のファックスが友野のもとに届き、これをもって椎名が本件団体の事務局長に選任されることが内定した。(甲三五、甲六三の11項、甲六四の七・八頁、友納調書二七から三〇頁)
(四) (指名選任に対する野上の抗議)
友野は、(三)の服部からの提案書中に、野上に顧問を依頼する旨の項目があったため、参考のために野上にも右書面の写しを郵送した。野上は、これに対し、非常に感情的になった。そのことを聞き知った友野が、平成七年三月二九日に野上を訪問し、「直接提案書をお届けすれば良かったと思います。また、後任についてもご意見を伺うべきでした。」と謝罪したところ、野上は徐々に冷静となった。
ただし、前に(一)(2)の借入金として処理した金一六〇〇万円に関し、野上は「これを稲垣(名古屋在住の本件団体会員)に返した方が良い。」と述べた。これに対し、友野が、「JAVAは誰からも借入金はないのではないですか。」と述べると、野上は口ごもった。
他方、稲垣からは、運営委員を誹謗中傷する文書が本件団体に送付され、また同月三〇日には、同人から、「金一〇五〇万円をJAVAに貸しているので、返済するように」との意思が表明された。友野が、このことを野上に伝えると、野上は、一九九五年(平成七年)三月三〇日、「自分は事務局長を辞任していない。」「稲垣さんとは自分が親しいから、友野さんからは連絡しないで欲しい。」等と主張するようになった。
椎名及び友野ら運営委員は、以上のような状況からすると、同年四月一日に迫っている総会について混乱が予想されると判断し、運営委員全員の賛成を得て総会の延期を決めた。(甲六四の六・八・九頁、乙二三の一・二、友納調書三〇から三九頁)
2 以上の事実によれば、野上の選任及び椎名の選任について、次のようにいうことができる。
(一) 本件団体は、その発展期においては、野上の個人的団体としての性格が強く、また、野上の個人的資質が従前の活動と会員の獲得に寄与してきたと思われるが、右のように組織が整備され、運営委員会や事務局スタッフによる合議制の運営体制が成立した後は、野上個人の手を離れ、野上個人の意思ばかりによらずに運営される団体となっていたというべきである。
(二) そして、野上とその他の運営委員、事務局スタッフらとの意見の食い違いは、一九九五年(平成七年)になると激しくなり、事務局内が野上とその他のスタッフとに二分される状況となった。その中で、遂に野上は、同年四月一日開催予定の総会を機に事務局長を辞任する決意をして、同年三月二一日の運営委員会でその旨を表明したところ、その表明は他の運営委員によって直ちに受け入れられ、野上の事務局長辞任が確定した。
野上は、「総会を機に」と述べているが、その辞意の明確性、辞任するために総会の承認を得ることが定められているわけではないことに照らし、その趣旨は、対外的に総会で辞任を報告したい旨を述べたにとどまり、辞任自体の効力は、運営委員会で承認された三月二一日に生じたというべきである(なお、後記3(一)参照)。
(三) そして、残されたスタッフによって事務局の移転が決議され、野上から、貸金庫の鍵とその登録印が引渡されて、本件団体の一部の財産の引継ぎもなされた。その後、椎名が新事務局長に選任され、新体制による本件団体が発足した。
(四) 以上のとおり、本件団体における現在の事務局長は、椎名であって、野上ではないことが明らかである。
よって、甲事件の請求のうち、野上が本件団体の代表者でないことの確認を求める請求は理由があり、逆に、乙事件の訴えは、正当に本件団体を代表する者でない者が提起した訴えであるから、全部不適法であるということになる。
3 これに対する野上の主張について検討する。
(一)(1) 第一に、野上は、「野上は、一九九五年(平成七年)三月二一日の運営会議及びスタッフ会議において『辞めたい。』と発言したが、これは、『総会の席上自分の意見を発言し、会員に自分の意志が通じないなら辞任する。』という趣旨である。したがって、野上は辞任していない。」と主張し、本人尋問においてその旨を供述する。
(2) しかしながら、野上本人尋問において、右の趣旨の内容についてはっきり話したのかとの問いに、「強くは言っていません。」と答えている(野上調書六一頁)。
もし総会という場で椎名らと黒白をつけたいとの意向を持っているのならば、一九九五年(平成七年)三月二一日の運営委員会において、「総会で信任を問い、信任されないなら辞任する。」との希望をどうしてきちんと表明しなかったのか疑問である。右の経過及び友野本人尋問の結果によれば、野上は同月二一日の運営委員会において無条件で辞めたいと述べ、かつ、総会では、その旨を報告したいと述べたにとどまるものというべきである。
右のとおり、総会で予定した野上の発言は、既にした辞任を報告するものであり、その機会がなくても、辞任の効果に消長を来さないというべきである。
もともと、本件団体の会則には辞任についての規定はなく、過去にも本人の口頭による意思だけでも有効として扱われてきたのである(甲六三の8項)。すなわち、書面による届けや総会における承認は辞任の要件ではないと解されるのである。
(3) なお、これに加えて、「情報部友納よりの『秘密の提案事項』に関する意見(案)」と題する一九九五年(平成七年)三月二八日付け野上作成の書面(乙二二)に、「新たな事務局長、及び副事務局長なる者を、私自身が信任することはできない。」「顧問は断る。」「現在の事務所は当面の間野上の個人事務所として維持する。」と書かれている。また、前認定のとおり、同月二一日に被告野上から、会計担当の鈴木に貸金庫の鍵が、服部に動物実験についての写真のネガが引き渡されている。これらを総合すると、野上は辞任したことを前提として行動しているものであり、辞任していないとの野上の前記主張を採用することはできないといわなければならない。
(4) また、野上は、千駄木事務所の鍵、銀行印、定額預金証書、預貯金通帳等の交付がされていないので、本件引継ぎがされていない旨を主張する。
しかし、野上は、「一九九五年(平成七年)三月二一日における辞意表明から一〇日後にはこれを覆したのであるから、その間に全ての引継手続きが終了していなくても、当初の辞意が真正であることの妨げとなるものではない。
(二) 第二に、野上は、「本件団体の新年度事務局スタッフは、会の相談役の責任のもとに集計される郵便による信任を受ける(八条)ことになっている。ところが、本件団体の相談役の四名(弁護士、税理士、学者及び獣医)は総会前に集計を依頼されたことがない。」と主張する。
確かに、証拠によれば、右の内容の規定が一九九四年(平成六年)の改正により会則に加わったこと(乙一の一)、一九九五年(平成七年)三月の信任投票の際には、相談役が集計したのではないが、野上を含む事務局スタッフが信任九九一、不信任○、棄権二八の圧倒的多数で信任されたことが認められる。(甲四一から四三、甲六八)
右のとおり集計手続には瑕疵があるといわざるを得ない。しかしながら、右のとおりの数の開きがあったことからみれば、投票の結果は不動であると考えられる。したがって、右瑕疵は、信任の効果を左右する程度のものとは到底いえないことが明らかである。野上の右主張は理由がない。
(三)(1) 第三に、野上は、「事務局スタッフの選任手続は、一九九二年(平成四年)の会則改正以前は総会で行われていた。そして右改正により、その選任されるための要件として、①前年度事務局スタッフの三分の二以上の推薦及び②総会の前に行う全会員からの郵便による信任が求められるようになったが、右改正前の会則の内容に鑑みれば、その選任手続は従前どおり総会で行われるものと解釈されるべきである。ただし、事務局スタッフの選任について全会員の意思を尊重するために総会前に信任投票を行うわけであるから、右信任投票により信任を受けた事務局スタッフについて、総会で選任しないということは特段の事情がない限り許されず、右選任手続が正式に終了するのは、総会での選任、実際には総会で信任投票の結果が公表され、これに対する異議が出なかったとき、もしくは異議に対する対処が完了したときである。また、事務局長に選任されるための要件は、①事務局スタッフであること及び②事務局スタッフ三分の二以上の推薦があることであり、その選任手続は総会で行われると解釈されるべきである。したがって、椎名らが一九九五年(平成七年)四月一日に開催予定だった総会を廃止したことにより、椎名ら旧事務局スタッフの任期はその到来により終了した。」と主張する。
(2) しかしながら、会則を素直に読む限り、事務局スタッフは事務局スタッフ三分の二以上の推薦と全会員からの郵便による信任により、事務局長は事務局スタッフ三分の二以上の推薦により選ばれるとしか読むことはできず、事務局スタッフ及び事務局長が総会で選任されるとはどこにも書かれていない。また、特に右と異なる慣行が行われていたと認めることはできない。したがって、被告野上の主張には無理があるといわざるを得ない。しかるところ、前記のとおり、一九九五年度(平成七年度)の事務局スタッフは、一九九五年四月一日開催予定の総会が延期されたため、そこで報告される機会を有しなかったが、同年三月に郵便による信任を受けている。したがって、右の者ら(その後に辞任した野上を除く。)は、事務局スタッフの地位にあるというべきである。なお、本件団体の会則によれば、一般の会員は郵送による信任という形でしか執行部の人事について関与することができず、事務局スタッフが、新事務局スタッフを推薦し、事務局長を選任するというかなり大きな権限を握っている。ところで、本件団体のような少数の積極的な活動家のリーダーシップによって社会的活動(市民運動)を行うことを主たる目的とする団体にあっては、執行部と一般の会員との間には、団体の意思決定への関わり方においてかなりの差があり得るのであって、意見を同じくする少数の者からなる執行部が一般の会員に比して大きな権限を持って、団体の意思決定及び運営を司り、一般の会員は、それに賛否の意見を示すという形でのみ関与するという体制をとることは不合理とはいえないし、かえって団体の活動の一貫性を維持し、団体の目的を達成する上で必要とされるということもできる。
また、現実にも、本件団体の人事や意思決定は、当初は野上が、後には次第に事務局スタッフないし運営委員が行ってきたものであり、一般の会員は、本件団体の人事や意思決定に積極的に関与することがなかったものである。したがって、事務局スタッフの選任が、会員による信任投票という形で行われたとしても不合理とはいえないし、会則の文言に反して、総会における選任手続を必要とする必然性もないといわざるを得ない。
よって、本件団体の右のような会則の定めを野上が主張するように解することはできない。
なお、確かに、本件団体の右のような会則の定めは、事務局スタッフや運営委員に意見の対立がないことを前提とするものであり、本件紛争のように、事務局長とその他のスタッフの意見が相違した場合を予定しない規定といわなければならない。しかし、そのような場合であっても、本件団体が任意団体である以上、特段の事情がない限り、その組織における争いは、会則の定めに則って判断されなければならないというべきである。そして、本件において、会則によることができない特段の事情があるとまではいえない。少数意見に属する会員の者は、多数意見を形成し、会則に従って翌年度の事務局スタッフの信任を否定すること等を通じて、自己の意見を会の運営に反映させる手段があるからである。
三 本件団体<椎名>の野上に対する名称使用禁止の請求について
1 証拠によれば次の事実が認められる。
(一) (本件団体<椎名>のその後の動き)
(1) 椎名、友野及び鈴木らは、一九九五年(平成七年)三月三一日、会計資料を確認するため貸金庫を開けに行ったが、古い資料はなかった。そこで、元の千駄木の事務所に会計帳簿類を取りに行ったところ、野上より抗議を受け、その日は持ち出しを中止した。そして、同人らは、同年四月七日、小泉征一郎弁護士の立ち会いのもとに千駄木の事務所にあった本件団体の荷物を持ち出し、渋谷事務所に移した。そして郵便物の転送手続をした。(甲六三の14項(1)から(4)、甲六四の九頁)
(2) また、椎名らは、一九九五年(平成七年)四月二日、全会員に対し、新事務局長の就任を報告するお知らせとともに、旧会則に事務局の渋谷への移転及び副事務局長の設置を定める規定を加えた会則の改訂の承認についての投票用紙を同月一〇日必着と定めて発送した。これに対し、同日までに七〇三名から回答があり、承認四五五名、不承認一五三名、保留九五名であった。(甲六・一〇・四〇)
次いで、椎名は、本件団体の事務局長として、野上に対し、野上の同月前後の諸行為が本件団体の信用を損ね、会の運営を妨げるので、会則七条二項により、運営委員六名全員の承認を得て、除名する旨の通知を同月一七日付けで発した。(甲一四の一)
(3) 椎名は、一九九五年(平成七年)五月七日、本件団体<椎名>の総会を開催した。これには、本件団体<野上>を支持する者も参加し、質疑が行われた。本件団体<椎名>では、小泉弁護士が、会則が絶対であり、総会は単なる報告会である等と説明した。(乙八の二)
(二) (本件団体<椎名>のその後の動き)
(1) 他方、野上は、(一)(1)の小泉弁護士の立会いに関し、同弁護士を弁護士会に懲戒請求した。(甲六三の二二頁)
(2) また、(一)(1)の郵便物転送手続きに対し、野上は、一九九五年(平成七年)四月一四日、渋谷から千駄木への事務所再移転通知を提出するとともに、同月一三日付の文書をもって、千駄木から渋谷への(一)(1)の転居届が無効であり、引き続き千駄木への配達を求める文書を本郷郵便局長宛に提出した。(甲一一・一二)
(3) また、野上は、一九九五年(平成七年)四月一日付で、椎名、友野、鈴木の運営委員及び事務局スタッフの小川を除名した旨の通知を会員に通知した。その理由として、野上は、右の者らが、千駄木の事務所から、金庫、会計帳簿、預金通帳、会員名簿を持ち出す等したため、窃盗未遂に当たるとし、また総会を突然中止して会の運営を妨げたとの点を挙げた。(甲七)
(4) 次いで、野上は、一九九五年(平成七年)四月二二日に本件団体<野上>の総会を開催するとの通知を会員に行い、総会と銘打った集まりを開催し、郵便による回答者数一〇一五名と出席者一四七名との意見により、次の事項等が決定されたと扱っている。(乙二の一)
① 一九九五年度の新事務局スタッフとして、野上のほか、北村孝至、南彩子、宮木寿恵、スタデルマン美恵子、小島美和子、中島秀夫、相子たか江及び田村康子を信任する。
② 総会を会の最高意思決定機関とし、重要事実について、会員が行使した賛否の過半数により、総会で決定すること等の会則改訂を行う。
③ 本部事務局を文京区千駄木におく。
2 以上の事実によれば、一九九五年(平成七年)四月以降、本件団体は、いわば渋谷派と千駄木派とに分かれて、激しく対立しているとの外観を呈しているということができる。
しかし、本件団体の代表者及び執行部は、会則に存立の根拠をおき渋谷に事務所を設けた椎名を代表者と主張する側にあることは前示のとおりである。
千駄木に事務所をおく野上を代表者とする側は、総会における信任を強調する。しかし、その総会の招集手続一つを取ってみても、事務局が召集するとの会則の規定を満たす必要があり、その召集決定を正当な事務局スタッフの地位にある者が適式に行うことが必要となってくる。すなわち、会員全員出席の総会における全員一致の決議で会則の改訂でも決めたというならともかく、そうでない限り、総会の決議があったというためには会則の適用を前提とせざるを得ないのである。そして、同年四月二二日の集まりはそのような意味での総会ではなく、これにより選任されたとする事務局スタッフ及びそれらが選出した事務局長野上(乙二の一)は、適法にその地位を取得した者ではないといわざるを得ない。
3 ところで、本件団体<椎名>の野上に対する名称使用禁止の請求は、野上が本件団体の代表者を名乗り、いわば千駄木派が現在でも本件団体の正統な代表者・執行部であると名乗るのを禁止することを求めるものである。その点は、甲事件の地位不存在確認の請求により、野上が本件団体の代表者(事務局長)ではないことが確認されることで、ある程度目的を達することができる。しかし、端的に本件団体の名称使用が禁止される方が実効性が高いと考えられる。
そして、名称の長期使用に伴って生じる名称についての人格的利益は権利能力なき社団にも認められるべきであるから、本件団体にも名称使用の利益があり、これが侵害される場合には、その排除を求めることができると解するのが相当である。
そうすると、会則に依拠した本件団体<椎名>の野上に対する名称使用禁止の請求も認容されるべきである(ただし、その趣旨は、代表者が野上であるとして、野上が本件団体の名称を用いて、団体としての活動をすることの禁止を求める趣旨と解される。)。
四 甲事件の妨害活動禁止請求について
本件団体<椎名>は、さらに、甲事件の妨害活動禁止請求につき、「被告野上は、甲事件原告の一切の活動を妨害してはならない。」との請求をしている。しかし、不作為請求訴訟においては、被告に差止を求める行為を明確にすべきであって、本件請求は、包括的抽象的であって、不適法といわざるを得ない。よって、右の訴え部分は却下されるべきである。しかも、二、三の請求が認められることを踏まえると、四における請求のうちの一部を特定して、何らかの具体的請求を考えるまでの必要も感じられない。
五 以上によれば、甲事件については、地位不存在確認の請求及び名称使用禁止の請求は理由があるからこれを認容し、妨害活動禁止請求の訴え部分については却下する。また、乙事件の各請求については、権限ある代表者により起こされた訴えでないのでこれらを却下する。よって、訴訟費用は民事訴訟法八九条、九二条但書、九九条を適用して、甲事件及び乙事件を通じ、野上の負担とする。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官松本清隆 裁判官平出喜一)